横山 ひであき Official Blog

蘇った夢の島 奥尻島を視察して

1993年7月12日午後10時17分、「北海道南西沖地震」で壊滅的な被害を被った奥尻島。
マグニチュード7.8という日本海側では最大級のかつてない地震に遭遇し、4,000名強の島民の中から、死者・行方不明者198名、重軽症者143名との人的被害となり、被害総額は、664億円にも達する大参事でした。

その後、震災に強い新しいまちづくりを島民との合意形成の下で再建された“蘇った夢の島・奥尻”を、これからの復旧・復興、そして防災に役立てるべく県議団で視察に行ってきました。

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「人工地盤 望海橋」 青苗地区の漁港に設けられた、津波発生時の一時避難を目的とした橋状の構造物。こちらは1F部分。

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望海橋の2F部分。約1,000人程度が避難できる規模です。

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「避難路」 津波の際に住民が迅速に高台へ避難するためのスロープ。

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雪対策のためドーム形状になっている。


1983年の「日本海中部地震」の津波でも被災し、2度の津波被害があった漁業集落の青苗地区は、居住地移転を伴う集落の再編整備を行っています。
行政より、①全戸高台移転案、②一部高台移転案の2案が提示され、粘り強く住民間での話し合いの結果、漁港背後低地部分の津波浸水地域は、水産関連施設用地とし、浸水しなかった部分を漁師居住地として、それ以外を高台に移転する一部高台移転が採択されました。

現地で伺ったところ、「当時は若かったので高台に移転しなかったが、歳をとった今では高台に移住しとけばよかったと思ってます・・・。」
3月の東日本大震災を経てこのようにしみじみと語られてました。将来を見越した対策を行うことが重要であることを痛感しました。

また、島の各地には高台への避難階段が設置されていましたが、段の高さが急であるので、子供やお年寄りの方には避難時に困難なのではないかとも思いました。

住宅の建設では、家と家の間に海岸から垂直方向に道を設け、避難しやすいように工夫されてました。

190億円を超える災害義援金が集まり、一世帯当たり1千万程度の各種見舞い金が支払われたため、一部では2重ローンの問題があったにせよ、ほとんどが再建への生活に役立てられたとのことでした。

また避難所ともなる小学校では、盛土されたり、1階部分をピロティ構造とした空洞に再建されていました。

視察の案内として、町議会議長の麓様、事務局長の小山様が親切に丁寧にアテンドしていただきました。
お忙しい中、本当にありがとうございました!!

奥尻に向かったこの日、時を同じく台風も北上してきて、行きも帰りもスリル感ある忘れえぬ視察となりました。
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2011-09-06 : 動く :
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プロフィール





【プロフィール】
横山 秀明
党県幹事長代理
千葉県議会商工労働企業常任委員
八千代市体育協会・顧問
習志野健康福祉センター運営協議会委員
琴城流大正琴振興会千葉支部顧問

明海大学経済学部卒/千葉県出身
住所:〒276-0045
八千代市大和田309-167
連絡先:
TEL:047-419-8305
FAX:047-419-6614
昭和45年4月生まれ、46歳。

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